やまだようこ【著】
新曜社
2007/03/25出版
302,20p 21cm(A5
ISBN:9784788510449 (4788510448)
NDC:143.08
\4,300 (税込\4,730)
1章 喪失と語りのパッチワーク 2章 死にゆく語り―死者の物語を継ぐ 3章 喪失から生成への物語―F1ヒーローの死とファンの人生 4章 人は死者から何を学ぶか―震災における「友人の死」の語り 5章 喪失の語り直し―震災における「友人の死」の意味の再構成 6章 なぜ生死の境界で天気が語られるか 7章 生死のはざまと天空の語り―研究の生成継承性 8章 グラウンド・ゼロにおける追悼の語り 9章 墓地の家族ライフストーリー―19世紀末と現代のイギリス家族墓碑 10章 いない母のイメージと人生の物語
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人生とは、失うことの連続なのかもしれません。いまは「ない」かけがえのない人の死、そして自分が生きていること、その意味をことばにしようとするとき物語が生まれます。喪失と語りは必然的に結ばれており、不在の語り、喪失の語りは、ことばの中核をなしているとも言えるでしょう。「喪失の語り」の探究は、著者自身を「ことばとは何か?」というより大きな問いに向かわせました。そして、それは著者の最初期の研究にも内在していた問いだったのです。 この本を貫いているのは、「喪う」ということばのもつ深さに目覚め、二つの価値を共存させる「両行」の思想を生きようとする姿勢である。荘氏は、つぎの話のように、自己を「喪った」ときの姿を、最愛の妻を「喪った」ときの姿になぞらえている。外から見れば妻を喪ったときのように生気なくひからびているようでも、その当事者にとっては自由に空を舞いながら胡蝶の夢を見ているのかもしれない。また「喪う」ことによって、自己はかつての自己ではなくなり、新しい自己に生まれ変わるのである。「喪う」ということばが胎んでいる矛盾を多層的な意味、それらが我が身をもって覚知するプロセスが、生きるということかもしれない。(「はじめに」より)
【全12巻刊行予定】 第1巻 ことばの前のことば--三項関係の発生 第2巻 意味のはじまり--ことばと自我の発生 第3巻 対話的モデル構成法--質的研究の方法 第4巻 私と母のイメージ--私をつつむ母なるもの 第5巻 心理的場所--身体・文化・時間 第6巻 人生のイメージ--生涯発達心理学のモデル 第7巻 ライフストーリー研究法--語りインタビュー 第8巻 喪失の語り--生成のライフストーリー (定価4515円 2007.03) 第9巻 映画の語り--東京物語と野いちご 第10巻 世代をむすぶ--伝統の継承と生成 第11巻 詩の心理学--行間と引用 第12巻 人生とことば ※定価、刊行年のないものは未刊です。
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